早稲田大学 井上達彦 氏

 

本記事の著者: 井上 達彦 (早稲田大学商学学術院教授)

略歴

1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授、早稲田大学商学部助教授(大学院商学研究科夜間MBAコース兼務)などを経て、2008年より現職。2003年経営情報学会論文賞受賞。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ペンシルベニア大学ウォートンスクール・シニアフェロー、早稲田大学産学官研究推進センターインキュベーション推進室長などを歴任。専門はビジネスモデルと事業創造。

主要著書

ビジュアル ビジネスモデルがわかる』(日経文庫)日本経済新聞社、2021年

ゼロからつくるビジネスモデル』東洋経済新報社、2019年

模倣の経営学-実践プログラム版』日経BP社、2017年

マンガでやさしくわかるビジネスモデル』日本能率協会マネジメントセンター、2021年

 


Q:「経営の12分野」を認めてくださっている理由を「ビジネスモデル的視点」から教えていただけますか?

 

日本発のビジネスモデルということが大きいですね。

ビジネスモデルは、分析のために使うのか、発想のために使うのか、プロトタイピングのために使うのか、様々なものがあります。

 

その中で、「経営の12分野」は「起業家は少ないリソース」しかないということを前提に創られているものなので、小さな会社では使いやすいものになっています。起業家が起業する時や中小企業が新規事業創造を行う時に、ピッタリなのが「経営の12分野」というビジネスモデルの枠組みです。

 

分析するためのツールとしては「ビジネスモデル・キャンバス」などがありますが、すでに経営資源があることが前提になっています。それに対して「経営の12分野」はゼロから事業をデザインしていくときにも使えるという特徴があります。起業ステージ・事業創造ステージで使うのに特化しているので、起業家や経営者にとって使い勝手がよいですね。

経営の12分野 概要図

経営の12分野の全体像

 

また、ビジネスモデルの枠組みの中に、「ミッション」を含めているのは珍しいですね。ミッションは事業運営をする上では、それがベースになるので、非常に重要な軸足となります。起業ステージや事業創造ステージにおいて、ピボットする時に、ブレなくてすむのです。実際に「経営の12分野」を使っている学生起業家からは「ミッションが明確であれば漂流しなくなる」という声があがってます。

 

ビジネスモデルの定義は、価値を生み出し、顧客に届け、自らも収益として獲得するための論理だと言われます。「経営の12分野」では、会社は、商品力と営業力の2つで価値を届けるということが明確に述べられ、見える化されています。商品力だけでなく営業力を通して価値を届けるということが明記されているビジネスモデルは他に類を見ない特徴ですね。

 

「経営の12分野」では、「会社と顧客の関係性を良くしていくことが経営」だと伝えています。会社のみの視点ではなく顧客を巻き込んだ視点は時代を先取りしているのではないでしょうか。「顧客との価値の共創」というキーワードは、SNSが全盛期の昨今では注目されています。しかし、「経営の12分野」はSNSが席巻する以前に構想されたものですが、このビジネスモデルの中では大事な「構造」として共創が考えられているのが興味深いですね。

 

他の世の中にあるビジネスモデルと比較して興味深いのが2つの点です。

1つ目は、「自社の経営資源という要素」を枠組みの中に含めていないという点です。やはり、起業ステージ・事業創造ステージを前提としているからこそ、経営資源(リソース)ありきの設計を謹んでいるのだと思います。

 

2つ目は、収益の上げ方、マネタイズの方法、これは財務や投資の問題としているのも特徴です。この話は、儲けばかり気にしていてはうまくいかないというパラドクスを意味していると思います。儲けよう、儲けようと思えば思うほど、収益が伸び悩むということがしばしばあります。私は、これを「ビジネスモデルのパラドックス」と呼んでいます。すなわち、収益を上げることばかりを気にしていると、かえって顧客にそっぽを向かれて、儲からなくなってしまうという現象です。

 

その点、「経営の12分野」はミッションオリエンテッドに持続する価値創造の仕組みを設計するための枠組みと理解しています。つまり、狭い意味(儲け追求)でのビジネスモデル構築のためのツールではなく、顧客の視点に立った価値創造、事業の継続性や永続性を意識しているのだと思います。

 

ビジネスモデルはミッションと結びついています。「何でもかんでも儲ければいい」というのではなく、自社に相応しい儲け方を追求する。ミッションは事業に一貫性をもたらし、ビジネスモデルのインテグリティを高めてくれます。すなわち、ビジネスをより高潔で統合されたものにしてくれるのです。

 

【参照】

井上達彦『 「儲けたい」と「モテたい」は焦りが禁物な理由』、東洋経済オンライン、2019年12月28日。

 

 

 


Q:「経営の12分野」を認めてくださっている理由を「学術的視点」から教えていただけますか?

早稲田大学 井上達彦氏 インタビュー画像

インタビューに応じてくださった井上達彦教授

 

学術書を読んでそれに合わせたものでないことがわかります。それにも関わらず、学術研究において大切だとされている点がしっかり抑えられているのには驚きました。たとえば、競争戦略論でいえば「ポジショニング」、マーケティングでいえば「ライフタイムバリュー」、組織論でも「チームビルディング」などがその典型です。

 

また、興味深いのは、「〇〇力」、という言葉が用いられている点です。先にも述べたスタティックな資源ではなく、「ダイナミックな能力=ケイパビリティ」に注目している表れだと思います。経営資源そのものはもちろん大切です。最近の経営学では、限られた資源をどのように配置して活用するかが注目されています。スタートアップでは、大企業のように最初から豊かな資源を保有しているわけではないので、ケイパビリティ=能力に注目するという枠組みは、利用者や目的にも適合していますね。

 

さらに、「経営の12分野」は縦割りの「たこつぼ」になっていないのがいいですね学術では、経営戦略は戦略論、マーケティングはマーケティング論からしか、語られないことがあります。ただ、実際の世の中の「経営、あるいは起業」というのは総合的なものです。いい意味で学術の教義や専門分野に囚われることなく、クロスオーバーしつつも統合できている点が素晴らしいですね。

 


Q:プレジデントアカデミーやビジネスバンクグループとご一緒に早稲田大学で授業運営をしていただけている理由を教えていただけますか?

早稲田大学 ビジネスバンクグループ

ビジネスバンクグループは2021年、4講義を実施

 

一言でいえば、ビジネスバンクグループがスタートアップについて体系化された知識と経験をもっているからです。経営学というのは、もともと大企業を対象にして発展してきた「管理の学問」です。一部の経営学では、事業の創造も扱っていますが、大企業で働いている人向けのものが主流です。

 

もちろん、スタートアップの学問もそれなりに歴史があって、近年発展してきています。

ただ実際はまだまだの状況です。スタートアップの学問のあり方を変えた、「ビジネスモデル仮説検証」や「リーンスタートアップ」などの概念は、実際実務家(起業家)が開発しています。早稲田大学ではこの「リーンスタートアップ」を開発したスティーブン・ブランクさんのもとで、直伝を受けた飯野将人さんと堤孝志さんに直伝していただいています。

 

私たちは、このアメリカからの方法論だけでなく、日本発の方法論や「日本のスタートアップ」でスティーブン・ブランクさんのような立場の人を探していました。ビジネスバンクグループさんは、規模こそ大きくありませんが、少数精鋭で新しい起業の支援のあり方を次々に展開しているパイオニアです。まさに「日本のスタートアップの学問」を教えている、そういった存在でした。だからこそ、ご一緒に大学で授業を運営して行きたいということでお声がけさせていただきました。

 

さらに代表の浜口隆則さんも、ミッションオリエンテッドな起業家でご活躍されておりますので、その点でも任せられると思いましたね。

 


Q:ご一緒に行っている早稲田大学の授業でのご評価をいただけますと幸いです

早稲田大学 BID 起業の技術 実践起業インターンREAL

早稲田大学での起業教育

 

最初にご一緒した早稲田大学ビジネススクール(WBS)でプログラムを展開したときに評判がすこぶるよかったことを今でも鮮明に覚えています。大学の中で、ビジネススクールはハイエンドに位置づけられます。良い評判をいただいたということは、ハイエンドの中でも十分に通用するということが証明されたということです。

 

ビジネススクールの学生からいただいた声で印象的だったのは、「やはり起業に向いている」「スタートアップに向いている」という点です。ビジネススクールというのは実践的な学びも得られるが、それでも「営業力」など、体系的に教えてもらえる機会は少ないです。営業力の体験談はあっても、そのノウハウを他者が転用できるように整理されていません。「経営の12分野」ではその点、体系的にお伝えしているので、評価されたのだと思います。

 

そのようなMBA学位を目指す学生の評価を元に、今は商学系以外も含めた学部と大学院向けに展開しています。やはりここでも学生からの評判はすこぶるよいです。

 

受講者の起業に対する関心を一段高めていると実感します。起業に興味ない人は興味を持ち、興味あった人は起業を検討するようになり、検討していた人には実際に行動を起こさせる。

そんな授業を提供していただいています。

 

授業の資料(プレゼンテーション)は、直感的で、画像や経験を語ってくれるので、実社会を知らない人にもわかりやすいです。「解説→例示→ワーク」のテンポが良く、退屈させません。例示のお手本の画像や映像が効果的で、そのイメージが頭に残ったままワークできるので創造力が一段上がっていくことをリアルタイムで実感します。

 

経験と実績に裏付けられた内容なので、実行力が高いのも特徴ですね。それでいて、学術研究と対応させてもそのツボを抑えているので受講生に安心して受けてもらえます。

 

先日現役のベンチャーキャピタリストの方が授業を聴講された時に、「面白い!」ということで熱心にメモをされていたのは印象的でしたね。


 

 

早稲田大学商学学術院教授

井上達彦 氏 

HP:https://researchmap.jp/read0191013